なりたくない=なってしまう

なりたくない=なってしまう

前回の続きです。

母とはもう随分と会っていません。
連絡は数年間間隔のメールのみ、とある内容のみとなっています。
※内容は非公開にさせてもらいますm(__)m

親子関係は無いです。
いや、こういう親子関係もあります。

なのに私は母親の顔を忘れられずにいます。
いつからか、私の顔や表情が母と瓜二つになったから。

自分から鏡を見る時は意識するため3割増しになるようなのでそう思わない(思いたくない)が、外出先でふとした時に鏡やガラスに写り込んだ無意識の自分を見た時に、自分ではなく母の顔を見ているような感覚になる時があります。

気付けば性格も生き方さえも似てしまった。

今パッと思い出したこと。
母は人に頼ることをせず(できず)寂しい時に寂しいと言えず、真逆の強気な言動をし始める(主に言葉)
素直になれば良いのにと思っていた自分も、その頃の母親と今や同じことをしている(主に態度)

かと言って素直な人を見れば【人に甘えてばかり】などと言った妬みを持つ所もそっくり。

素直ではない自分達は人から受け入れられないと思い込んでしまっている。
実際に受け入られない場面が多く、その度に傷ついている自分にはもうなりたくないと言った所も同じ。


なりたくないと思えば思うほどなってしまう法則があるようです。


タイトル/法則のひとつ


この時私は母を見ていたんだろうか。祖母を見ていたんだろうか。写真を撮った人が誰なのかも知らない。


流しの下の自作布カーテンや食器棚のガラス戸の両端を開けっ放しにする癖などを始め、台所全体のごちゃごちゃ感もそっくり。


母の日が近い子供の日に合わせたかのような投稿になりました。


ありがとうございました。


メッセージもありがとうございました。
ありがたく読ませて頂きました。

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