あの世とこの世の価値観

あの世とこの世の価値観

以前紹介した天沼寿子(あまぬまひさこ)さんの本、身ぎれいな終いじたくにて、【あの世へ行くにも体力がいる】みたいなことが記されています。

肺呼吸生物は亡くなる直前に大きなため息(深呼吸)をひとつつくことが多いと言われています。
これが【最期の力】と思っている。

ーーー

家族が亡くなってからひと段落ついたと記しましたが、手続きが次々あって(特に役所関係)こんなにもあるのかと思うくらい。

多くの人は【人に迷惑をかけず人生を終わりたい】と思っていることと思います。もちろん私もそうです。
【人に迷惑をかけること】として真っ先に思いつくのが【お金がかかることと人の世話になること】ではないでしょうか。

迷惑がかかると血の繋がっている家族でさえも疎ましく思う時があるだろう。
終わりの見えない介護なんかはその最もたるものだろう。

私は家族に対し実際に疎ましいと思ったこともあり、思われたこともある。その結果縁を切ったも同然の関係になった。

その気持ちや大変さが分かるからこそ自分は迷惑をかけたくないと思ってしまう。

ただ誰しも好き好んで自ら病気や入院をしてお金がかかったり、認知症や麻痺になって人の世話になったりしている訳ではない。
誰しも心も身体も自分の命が尽きるまではいつまでも健康でいたい、いたかったはずです。

もしお金も人の世話もかけずにあっけなく逝ってしまったとしても、残された近しい者達であの世へ行く準備や大量の書類の手続きをただ淡々と進めなければならない。

実父はすでに亡くなっていますが、私達家族に連絡が来たのは亡くなってからなにもかもすべて終わってしばらく経ってからでした。
父が何をしているかも、どうやって暮らしているかも、何十年と知らずにいました。

実父は自分の命があと少しなのを知っていたようなのと今まで家族に迷惑をかけたのを自覚していたようでもあったので、自分が亡くなる前後は私達家族ではない誰かに迷惑をかけた(託した)と、勝手ながら思っています。

この世に居てもあの世へ行ってもどちらにせよ誰かに迷惑がかかるのなら【自分だけは人に迷惑をかけず人生を終わりたい】なんてことは考えない方が良いなと、今回強く思いました。

どちらにしろ人に迷惑をかけるのなら、自分が人生を終えた時は誰に迷惑をかけてしまうのか。
ふとそんなことも考えながらも。


【大げさにお腹をかかえ人生を笑って】生きて行きたいものですよね。

人にどう思われていようが、最期は誰もが骨になるのだから。



今日の一枚。タイトルにあやかって今回ありがとした果物雑貨。



こんな家族もいることを誰かに知ってもらいたいたかったです。


ありがとうございました。


タイトル/裸足の果実◆EGO-WRAPPIN’:ドラマ【フルーツ宅配便】オープニング曲


メッセージもありがとうございました。
ありがたく読ませて頂きました。

■□■□■□■□■□■

●ランキングサイトのにほんブログ村に参加しています。
クリックorタップして頂くとランキングが上がり、モチベーションの維持&更新の励みになっています。

ブログランキング・にほんブログ村へ
おひとりさま 40代おひとりさま のカテゴリに参加しています。

彼女少し疲れ気味 - にほんブログ村

■□■□■□■□■□■

広告